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| ☆★☆★2012年02月04日付 |
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| 一昔前ならこんな数字は頭から信じなかったろう。あのソニーが2014億円の赤字だなんて…。「ものづくり日本」を支えてきた伝説的といっていい優良企業が、この屈辱的数字を社史に刻まなければならなくなった原因を、過去という川上を遡って研究することが、今後の日本の教訓となるだろう▼同社の2011年4〜12月期連結決算がこんな赤字となった理由は、テレビ事業の不振がたたったことが第一、それに円高やタイの洪水などが足を引っ張ったとあるが、なるほどシャープやパナソニック、NECなどもテレビ事業で苦戦していることからも構造不況%I事情を理解しないではない▼しかし、トリニトロンという受像方式を開発し、テレビ生産技術では常に業界をリードしてきたこの企業が、その本丸≠ニもいうべき分野で韓国の後塵を拝すようになった遠因を検証すれば、一時ものづくりを脇に置いて、映画や音楽などのソフト、ゲーム機市場などに主力をシフトしたつけが回ってきたためと断ぜざるを得ない▼世界市場をわかせたウオークマンや、ビデオカメラなどのヒットで「世界のソニー」と自他共に認める存在となり、日本の誇りでもあった純国産企業が、本質を取り違えて外国人社長に後事を託したあたり、儲けさえすれば面目が保てると考えた結果だったのではと勘ぐりたくなる。とんだ「ボタンのかけちがえ」だった▼日本人社長が新たに後を襲うことになったことで、大政奉還≠ウれた以上、原点に戻る動きが始まろう。期待する。 |
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| ☆★☆★2012年02月03日付 |
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| 東京大学地震研究所の研究グループが、首都圏でマグニチュード6・7〜7・2の地震が起こる確率は4年以内で70%と発表して以来、首都圏ならずもにわかに警戒、関心が高まり週刊誌などはいますぐにでも来そうな取り上げ方だ。用心にこしたことはないが、空騒ぎせずじっくり備えを固めることだろう▼この試算は地震の頻度の経験則によってまとめられたもので、今後30年間に起きる確率を98%と計算している。それを10年に短縮して想定すると70%という数字がはじき出されるわけだが、「来る」可能性が「来ない」より高いからには覚悟しておいた方がよい▼というのも、東日本大震災の起こる4、5年前から地震予知学会が宮城県沖を震源とする大型地震発生の黄信号を灯していたのだが、その確率がやはり70%というものだったからだ。だが、それは10年以内というスパンであり、それに比べれば首都圏直下型地震発生の確率の方がはるかに高い▼単なる確率の問題かもしれない。だから永遠に起きない可能性だってわずかだがある。しかし多くのデータを集め、シミュレートし、過去の経験則を加味して発表した警告を、考えたくないから否定するというのは逃避に過ぎない▼あの美しい首都を絶対災害には遭わせたくないという思いは国民共通だろう。だが、天災は時にそんな願いを微塵に打ち砕く。だからこそいまから備えだけはきちんとしておくべきだろう。国も行政も個人も。そして首都圏のみならずあんな厄災がどこにも来ないようにと祈りたい。 |
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| ☆★☆★2012年02月02日付 |
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| 太平洋岸では大津波が自然の持つエネルギーのすさまじさを見せつけたばかりだが、今度は日本海側が連日の大雪に見舞われ、すでに1日現在51人の犠牲者が出ている。豪雪の容赦ない猛威に対しこちらにも防災だけでなく減災≠煌ワめた手はないのか?▼豪雪の怖ろしさはテレビで見るだけでも十分に実感できるが、そこに住む人々が向き合う脅威はそんな生やさしいものではあるまい。現実に死者51人中9人が落雪や雪崩などで直接被害し、42人が除雪中に何らかの事故に巻き込まれるという災害を冬季固有の現象と片づけるわけにはいくまい▼史上最悪とされた平成18年の豪雪では152人の犠牲を出しているが、今冬の降雪量はそれに迫る勢いだという。いずれ何年かに1回は訪れるという豪雪の頻度は津波の比ではないが、にもかかわらず対策はお寒い′タりで、除雪中の事故死の約7割にあたる35人が65歳以上だったということも、問題点を浮き彫りにしている▼屋根からの雪下ろし、おろした雪の搬出、捨て場の確保、雪中に埋もれた水路や路肩の標識表示などなど以前からの課題は色々指摘されておりながら、抜本的な対策はほとんど先送りされてきたに等しい。65歳以上が屋根に上らなければならないというのは、科学の怠慢ではあるまいか。安価な融雪方法がなぜ開発できないのか?▼大都会なら地域暖房のようなアイデアも生まれるが、過疎の雪深い山村など「費用対効果」で見捨てられる。豪雪禍の現場はまるで「姥捨て山」を見る思いだ。 |
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| ☆★☆★2012年02月01日付 |
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| 50年後の日本はどうなっているのか?「なぁに、オレはその頃まで生きていない」と無責任に開き直ることはできない。これまでの人生経験に照らして一言ぐらいはアドバイスすべきがOBとしての務めというものであろう。しかし実際はどうなるのか?▼厚労省は、日本の総人口が48年後の2060年までに現在の約3割減にあたる8674万人に減少するだろうという推計を発表した。関東地方の人口がそっくり消える計算で、25年後には1億人の大台を割りそうだから、当方がもしそれまで長生きしていたとしたら「1億人最後の日本人」という名誉(不名誉?)に浴すかもしれない▼もっともこれは、少子高齢化の趨勢がこのまま続くという前提の下に立っての推計だろうから、今後「うれしい誤算」が生まれる可能性は高くないにはせよ、確率的にはあり得るだろう。いや思わぬ現象が起こって、いつなんどき「多子低齢化」に転ずるとも限らないのである。だからそう悲観的になることもあるまい▼とはいえ、その対策は講じておくべきだ。しかしそれはいかに人口を増やすべきかという視点からではなく、まさに税と社会保障の一体改革によって「高福祉少負担」の未来モデルを構築することにこそあろう▼人口の減少は経済のパイを小さくするが、人口密度が減り、地価も下がる。インフラの投下も少なくて済み、政府も行政も規模が圧縮される。年金の受給者だって減る。こうした仮定の中で理想的な国づくりを考えることだ。端緒は必ず開けるだろう。 |
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| ☆★☆★2012年01月31日付 |
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| ゲーム機と名のつくものは、子どもがかつて使っていたテレビゲーム「スーパーマリオ」を借りてちょっと遊んだぐらいしかない化石人間でも、そのゲーム機で世界を席巻した任天堂の名前ぐらいは知っている。いや知っているどころの騒ぎではない▼その任天堂が2012年3月期の連結業績予算を下方修正し450億円の赤字とした。最終損益も650億円の赤字を余儀なくされそうというから、大変な逆風だ。年末商戦で海外市場が振るわず、ゲーム機の販売が予想を下回って推移、円高も足を引っ張った。文字通り運を「天に任せ」て営業努力をサボったわけではないはずだが▼ニンテンドーと言えば、中高年にはゲーム機こそ知らなくとも昔からなじみの存在だ。そう、いにしえからのゲーム、花札、麻雀、囲碁・将棋などの道具は同社の一手販売といった趣きがあったものだ。これらを使った遊びのおかげでヤケドを負ったり、青春にほろ苦い思い出をつくったりと、多少の功罪もつきまとうが▼同社が大化けするきっかけとなったのは、PTAを大いに悩ませたファミコンへの参入で、次々とヒット商品を開発、それが後続のテレビゲーム時代に受け継がれ、ソニーのプレイステーションとの死闘を繰り広げながら、インベーダーのように増殖していった▼一時は時価総額が7兆円台と国内3位にまで躍進した同社の開発力と時代の先取り感覚に舌を巻いたものだが、野球選手同様ヒットに左右される商売は明日を知れぬ辛さがあるもののようだ。 |
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| ☆★☆★2012年01月29日付 |
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| 「鳴り物入り」で登板したものは得てして後に「鳴かず飛ばず」に終わるケースが少なくない。北海道興部町が運営する風力発電所がたった10年でおしゃかになったのも、はやりに乗ったまではいいが、風車ではなく火の車になったからだった▼同発電所は2001年に完成、風車1基で発電を開始した。建設費は1億9000万円で、独立行政法人「新エネルギー・産業技術総合開発機構」が半額を、町が約5000万円をそれぞれ負担した。エコタウンのシンボルとしてそのぐらいの投資は安いもの▼しかし運営してみると売電収入は約9年半で6170万円だったのに対し、維持管理費が6430万円と収支つぐなうどころか空回り≠ニなることが判明、おまけに10年秋には部品が破損して約4000万円の修理費も捻出できず、あえなく廃止、撤退を余儀なくされたという次第▼風力発電は二酸化炭素を排出しないまさにクリーンエネルギーだが、風そのものはただでも設備には金がかかるため、時に財布の中までクリーンにする危険性もある。同町でも開設にあたってはソロバンをはじいたのだろうが、「風任せ」の発電だけにアテにならないことも多い▼そもそも1基だけの発電というのは風向≠ェ実用というよりエコですよというポーズに向いていたのだろう。町内全部の電力をこれで賄うぐらいの覚悟がなかったからこそ、風車に向かうドン・キホーテの図とあいなったのだ。それは太陽光発電にも言えることである。もって他山の石としよう。 |
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| ☆★☆★2012年01月28日付 |
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| 列島各地で記録的な大雪が続いている。一晩に2b近くも降るということ自体信じられぬ思いだが、そこに住む苦悩の深さは雪の深さを上回るものがあろう。白魔≠ノ脅かされる人々には、たった6aの雪で大騒ぎするなんてどこの国かとしか思えまい▼「雪が深いんでしょう?」とよく訪ねられる。岩手といえば雪国というイメージが定着しているのだろう。同じ岩手でも北上山系をはさんだ両側ではこんなにも違うと説明すると大概が「ほう」という顔をする。同じ県人でも内陸部と沿岸部では性格的にも互いに「異邦人」みたいなところがある▼気仙の魅力はすでに語り尽くされている感があるが、「夏涼冬暖」という四文字で表すごとができるだろう。加えて山の幸、里の幸、川の幸、海の幸に恵まれている。住むには最高の場所と断じていい▼内陸生まれの父は故郷を語りながらしかし、決して戻りたいとは言わなかった。冬の寒さと夏の暑さを考えるととてもその気にはなれないと。「なにせ『ぞうりっこ道』だもんな」と解説するのが常だった。「ぞうりっこ」とは「草履」のことで、雪が少ないから泥道にならず、草履でも歩けるという意味だ▼北上から転勤してきたTさんは着任の時、長靴をはいてきたとかで、「道路がからからなので驚いた」と述懐していたものだ。先日盛岡からレンタカーで遊びに来た大学生の車の汚れを認めて質したら、「途中まで雪解け道だったんですよ。ここはどうなってるんですか?」と逆に問われた。いい土地なのである。 |
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| ☆★☆★2012年01月27日付 |
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| 日本の貿易収支が31年ぶりに赤字転落と知って隔世の感に打たれたのは年配者各位共通だろう。日本は儲けすぎだと袋だたきに遭ったことがつい昨日のことのように思い出され、その経時変化の大きさに一種の感懐を禁じ得ないからである▼第2次石油危機で輸入原油が高騰した昭和55年に赤字となった以後は、ずっと黒字が続いてきた貿易収支がついに転落となった背景には、東日本大震災や歴史的円高で輸出が落ち込む一方で、原発停止による代替火力発電燃料の輸入急増という要因が挙げられている▼むろんこれは貿易に負うところ大の日本経済が地滑り的に悪化することを意味するものではなく、家計にたとえるなら「今月はちょっと使いすぎたわね」といったところだろう。なぜなら確かに円高で輸出にかげりは出たとしても、その円高があったからこそ、輸入燃料を安く買えたという一面も無視できないからである▼日本の成長を喜ばない外国のいくつかの国は、得たり賢しとばかり「日本の輸出時代終焉」とか「貿易黒字回復は未知数」などどはしゃいでいるが、それは表面をなぞっただけで、本質というものを捉えてはいない。「他人の不幸は蜜の味」の類だろう▼米国の労働者たちが日本車を叩き潰して気勢を挙げる映像が貿易摩擦を表徴していた頃を思い出してつい微苦笑するのは、額に汗して稼ぐしかないアリたちを彼らは「日本人は利己的だ」などと評していたからである。だが「稼ぐに追いつく貧乏なし」。雑音など苦にせず、泰然自若としていよう。 |
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| ☆★☆★2012年01月26日付 |
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| 「岩手の湘南」でも冬は冬。昨日は今冬初の雪かきをした。そんな降雪の少ない当地でも冬への備えだけはしているから、首都圏のようにちょっとした雪でも事故多発という事態だけは免れる。それでも年配者の多くが雪道で難渋した体験をお持ちだろう▼昭和30年代、タイヤはノーマルしかない。だからいやでも冬はチェーンの世話になった。いまでも長距離を走る大型車などはチェーンを用意しているが、普通車ではよほど心がけのいいドライバー以外は希有だろう。いわば「絶滅危惧種」ならぬ「絶滅器具種」となりつつある▼チェーンは確かに安全だが、しかし乗り心地が悪い、うるさい、しかも装着が面倒などあまりに多くの問題を抱えていた。一部が擦り切れでもしようものなら、タイヤハウスをバタバタと叩いて暴れ回る。これには往生したものである▼そこでタイヤの改善というニーズが生んだのが「スノータイヤ」。彫りの深いトレッドパターンががっちりと雪道をホールドするという謳い文句だったが、市場では短命に終わったことが物語るように効果は「イマイチ」だった。だからこそ衆望を担って登場した「スパイクタイヤ」が狂喜されたのである▼なにしろ雪であれ、アイスバーンであれ、ゴムの表面に埋め込まれたスパイクが文字通り路面に「爪を立てる」のだからこれは強力。だが、粉塵をまき散らす副作用≠ェあだとなってあえなく使用禁止となったのはご存じの通り。いまは「スタッドレス」が主流だが、後継者は何か?それが楽しみだ。 |
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| ☆★☆★2012年01月25日付 |
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| 10年先、15年先を考えるのはある意味で辛いことである。「神戸だって復興に15年かかりましたのよ」などと聞くとなおさらだ。小欄の余命だってそんな範囲内かも知れず、復興なった当地を見るのが此岸からだけとは限らない。しかし彼岸から見るのなら100年先だって構わないのである▼だからこれからの1年、1年は大事に見守りたい。何事にせよ投じられる熱量が震災以前と以後とでは異なるのが当然で、漫然と時が流れていた以前と同じ過ごし方をしていたのではバチが当たるというものであろう。こちらも軟化症に陥っていた脳を再生させ、多少なりとも復興に協力させねばならない▼というわけで、ささやかながら老骨と老脳?に鞭打ってあれこれ模索しているのだが、切磋琢磨せずに放置してきた脳も体もいきなりそう簡単に活性化するはずがなく、いたずらに空回りするだけというのが情けない。だが、周囲を見る限り復興の足取りは着実に進んでいる▼大潮になると冠水して車が通れなくなった道路のかさ上げが進んでいるのは大きな変化だし、仮設の事務所、商店、共同売り場なども続々と登場し、躍動感がみなぎりだしたのもうれしいことだ。もう前に進むしかない。口にこそ出さないがそんな決意を秘めた顔と顔がそう語っている▼終戦直後も同様だったろうと思う。老若男女いずれもが今日の生活を考えながら、明日へ期待を抱いていたはずである。そのまぎれもない証拠が奇跡的な復興であり、その延長に現在がある。まずは5年先を見よう。 |
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