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| ☆★☆★2008年08月28日付 |
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| 歳と共に嗜好も変わるのは、体がそう要求しているからだろう。恐れ入りながらわが場合を申し述べさせていただくと、あまり食べたくなかった野菜に目が向くようになった。まさに体が野菜を求めているのだ▼野菜はおろか、果物にすら食指の動かなかった当方の体は完全に酸性化していたはずである。それは病気の元だから、アルカリ化させなさいと言われ続けてきたが、そのためには野菜を食え、いやそれが苦手なもんで―と拒否して近年に至る▼野菜が嫌いというわけではない。積極的に食べたいという気が起きないだけである。果物は元々大好きで、ミカンを一箱平らげて皮膚が黄色くなったことは以前に書いた。リンゴもナシもカキも大好きだった。それが嗜好の変化というのか、食べたいと思わなくなったのは、明らかに酒かたばこのせいである▼アルカリ化を助ける野菜や果物を遠ざけて、酸性化に傾く肉や魚だけを食べていると当然、栄養のバランスが崩れ病気を誘発することになる―はずだが、幸いにそうならなかったのは運が良かったのか、何かでバランスをとっていたのか。しかし、ここに来て変化が出た▼野菜、とりわけ生野菜を敬遠し、サラダなど手もだしたくなかったのが、ちゃんと平らげている。そして自らレタスやらサニーレタスなどを買い求めている。ただし元々がネギ、タマネギ、ニンニク、ニラなどが大好きで、これで不足分を補っていたのかも。歳で運動量が不足すれば高カロリー不要となる。自然の摂理とは不思議なものだ。 |
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| ☆★☆★2008年08月27日付 |
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| 地球温暖化の張本人として世界中が目の敵にしている二酸化炭素を「原料」にして合成樹脂にするという実証設備を大阪に建設するというニュースをテレビで見て「えっ」と驚いた▼しかしこんな「世紀の大発明」が一面トップではなく中面に小さく取り上げられていただけなのは腑に落ちない。「地球温暖化これでストップ」などと衝撃的にしろとまではいわないが、一歩前進はまちがいないのだから、それなりの遇し方はあるはずだ▼ともあれ、三井化学が地球環境産業技術研究機構との共同研究成果を生かし、来年二月に稼働を開始、再来年三月をメドに量産技術を確立するこの計画では、工場の排ガスや大気中の二酸化炭素を効率的に分離・濃縮し、これを水素と反応させて合成樹脂・繊維の原料になるメタノールを合成する▼この記事を掲載した日経には、三菱ケミカルがやはり二酸化炭素を原料にする新技術を開拓―と見出しに打った雑誌の広告が載っている。当の雑誌が店頭に並んでいなかったので中身は不明だが、いずれ業界が二酸化炭素退治というトレンドに真っ向から取り組んでいることがわかる▼この技術が確立し、本格化すれば京都議定書で日本が約束した二酸化炭素削減目標を一挙にクリアできないまでも大きく前進はするだろう。環境改善では常に一歩先を行く日本ならではの快挙に対し、北京五輪の金メダルよりよっぽど重い金メダルが与えられていい。 |
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| ☆★☆★2008年08月26日付 |
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| 昨日届いた新聞の業界紙によると、新聞業界には相変わらず逆風が吹いていて、中央紙、地方紙とも部数減が続いている。中央紙では前年上期比、朝毎読とも減紙、日経と産経だけがわずかに伸びているがまあ「冬の時代」に入ったことは疑いない▼各メディアの比較から新聞の優位性を挙げれば、記録性、視認性ではダントツといっていい。速報性ではテレビにかなわず、訴求性にも欠けはするが、情報量の豊富さにおいて新聞の牙城は崩れない。視認性は確認性でもある。そして保存性も見逃せまい▼しかし、それでも読者を引きつけておけなくなったのは、やはり原因があるからだろう。無料ならともかく有料だから家計費切り詰めの犠牲になりやすいのは分かるが、しかし面白ければ手放さない。活字離れという「時代相」もあるが、識字率そのものが下がったとも思われない▼やはりメディアが多彩になって選択肢が増えた結果の優勝劣敗が形となって表れたのだろう。新聞とラジオだけしかなかった時代、電波のポケット地帯はあっても、新聞の届かない地域はなかった。明治からの中央集権国家には、中央の動きを知る手段として新聞紙しかなかった▼そんないい時代が続き高度成長に入っても動かず、ついに読売一千万部、朝日八百万部という時代が到来した。人口一億の国で二紙の総数がこれだけあるというのは驚異的だ。だから減ったとはいうが、普通になったというべきかも。しかし他人事ではない。小紙もここで頑張らなければ。 |
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| ☆★☆★2008年08月24日付 |
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| これからの農業はいかに反収を増やすかにあるだろう。それは従来のように単なる収穫量ではなく、収入をどれだけ上げられるかにある▼国土が狭く従って耕作面積も少ない日本が収量で世界と競っても勝てるわけがない。しかし誰もが欲しがる農作物を作れば世界中に売れることは輸出に的を絞った米、果物、野菜などの販売で、産地、農業法人、JA、個人農家などが成功している例からも明らか。そこに「付加価値」という光を添えられれば高くても売れるのである▼当地がリンゴ以外にこれといった産地化を果たせずに来たのは、競合して勝てぬようなものばかり作ってきたからだと言えば生産者に対して失礼だが、本県自体、耕地面積では勝り収量は多くても収入では他県の多くに負けているというのがいつわらぬところである。要するに「作ればいい農業」県だったのだ▼ものすごくうまいトマトジュースがある。一八〇ミリリットルで数百円もするが、一度飲んだらはまってしまう―という話を聞いて、早速ネットで調べて見ると、出てくるわ、出てくるわ。五〇〇ミリリットル二本で四千二百円なんてのはザラで、酒より高い。一八〇ミリリットルでいえば、十五缶入りで五千円弱、一瓶で四百二十円というのもあった▼全国各地でこんな商品が売られている。それは糖度が勝負のようである。当地は日照時間も長く、花卉栽培に適しているといわれる。だからその利点を生かす工夫が必要だろう。農業はこれから絶対宝になる。 |
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| ☆★☆★2008年08月23日付 |
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| 先日朝のテレビを見ていたら、便利グッズの紹介の中で「お手軽漬け物器」を紹介していた。「必要は発明の母」が生んだすぐれもので、これがあれば「なんでも漬け物」になろう▼プラスチックの円筒形容器に野菜を入れ、バネのついたフタをしめれば一夜漬け、浅漬けができるという簡単な仕掛けで、ラセンのついた棒をねじ込んで内容物を圧着する重し不要の漬け物器と原理は同じだが、コンパクトで圧着もバネ式というのがミソといえばミソ▼焼きサンマに大根おろしは不可欠だが、一本あるいは半分でも全部をおろしにしたら余ってしまう―といった時、賢明なあなたならどうする?残りを冷蔵庫にでもしまっておければいいのだが、日持ちの悪い野菜は案外多い▼こういう状況は主婦ならずもしばし体験するもので、捨てるにはしのびない、しかし当面この材料を使うメニューは考えられない、一体どうすればいいの?と真面目な主婦ほど、良妻賢母との誉れが高い主婦ほどこういう時は悩むのだ。だが、もう安心。これさえあれば一石三鳥▼手元にある漬け物虎の巻によると、野菜という野菜、果物という果物の中で漬け物にならざるは一つもない。人間というものがいかに先入観に囚われている動物かがこれでわかる。なんでもいい。余った野菜をこの中にいれて一夜を待つ。翌朝は手づくりで愛情をたっぷり含んだ漬け物が食卓に添えてある。「こいつはいいや。見直したよ」と言わせればこんな容器など安いもの。 |
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| ☆★☆★2008年08月22日付 |
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| ある本を読んでいたら懐かしい言葉が出てきた。何十年ぶりだろうか。しかしいまの若者たちが耳にすることはあるまい。時代とは言葉もふるいにかけるようだ▼その言葉とは「サージ」と「ギャバジン」。この二つを理解できるのは、団塊の世代あたりまでだろう。なぜなら当時の男子児童、生徒、学生は必ずその世話になったからである。二つとも学生服の生地である。だから今も使われているかというと、学生服の生地としてはもう出番があるまい▼ともに「綾織り」と呼ばれる織り方で、丈夫だから学生服に向いていた。大別してギャバジンには綿が使われ、サージは羊毛製だったから一見して判別できる。たかが学生服なのだからどっちでも良さそうなものだが、色気が出てくると上品に見えるサージ製が欲しくなる。しかしついに着ることはなかった▼戦前と戦後を大きく分けるのが繊維だろう。それは天然一本から人工と共存となる分かれ目でもある。人造絹糸、略して人絹、その元となった英語の「ステープルファイバー」略して「スフ」が「国民繊維?」となったのは、まさに物不足を補う必要から生まれた発明だった▼化学繊維がどんどん改良され、ナイロン、レーヨン100%の衣類なども生まれたが、吸湿性がないため腋臭になったり、人工皮革「クラリーノ」の靴で水虫になったりと過渡期は色々問題も出た。アイロンの世話になる純綿、純毛より混紡の方が便利だから、当方などもっぱらこれだが、サージと聞いて心躍るなど、やはり憧れだったのだ。 |
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| ☆★☆★2008年08月21日付 |
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| 一つの事象を説明するにも表現によって相手が受けるニュアンスは異なる。「言葉の魔術」というのはかように変幻自在。その魔術を駆使して国民を安心させてきた日銀だが、弾薬尽きて「景気後退」と正直に認めざるを得なくなった▼景気とは経済の「公転」によるものと思いがちだが、これが「心理」という「自転」の影響を受けやすいことは、実際「マインド不況」とか「消費者マインド」などという言葉が経済用語になっていることからも明らか。マインドとは数字より心、日銀が恐れるのはまさにその心だ▼だからこそ言葉を選んで不況感、景気後退感を隠すさまざまなテクニックをこらす。「景気回復の踊り場にある」という表現などまさにその最たるものだろう。まことにうまい表現だ▼階段を下がる時は一気に下がるが、上がるときはここで一息入れる(場合もある)から、景気回復を予感させる効果はある。しかしどうやら言葉遊びだと気付いて、政府・日銀の話には国民もマユにツバをつけるようになった。政府の月例経済報告を受けて日銀が現在は景気後退局面にあることを認めたのも、もはや厳しい現実を隠し通せなくなったからだろう▼原油高、景気悪化、物価上昇と明るい材料は何もなく、いくらオブラートで包んでも苦いものは苦いと分かるのである。小手先を弄するのはやめて、今後は正直に現況を報告すべきだろう。「大本営発表」の限界を日銀もようやく気付いたらしい。 |
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| ☆★☆★2008年08月20日付 |
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| やはり北京五輪は異質のようである。五輪というより中国そのものか。外国人記者たちが一様に指摘しているのは、なるほど施設も設備も見事だ。しかし何かおかしい―という点だ。その何かとは何か?▼産経新聞に同紙の古森義久特別編集委員が連載している「北京奥運考」(奥運はオリンピックの略称)の中で、ある米国人が入場券の偽造と超高値の闇市場売りが横行しているのに観客席はガラガラという現象にビックリした様子が紹介されている▼彼はまた、中国人が以前から考えられないほど民族主義的、自国礼賛になっていることに気付いたという。メンツを重んじる国民性が開会式に色々と「仕掛け」をしていたことが後でバレたが、それはご愛敬としても待ちに待った国威発揚のチャンスを逃してはならないとシャカリキになるのは当然だろう▼そして国民は国民で、これだけ豪華な祭典を仕切ることができた国力を自慢したくなるのもまた当然。その産経紙面で北京の福島記者が書いているあるパターンが面白かった▼同国の応援ボランティア組織「文明拉拉隊(チアリーダー)」は、中国に関係のない試合に限って多数で客席を占有し、そしていつも日本の対戦チームを応援するのだという。いわば敵の敵は友というわけだろう。日本憎しがこのような形で「発露」されるのは、日本がその昔自らまいたタネのせいと甘受したとしても、何をしても恨まれるというのは、まさに反日教育の「成果」だろうか。 |
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| ☆★☆★2008年08月19日付 |
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| 原油先物市場も若干落ち着いてこれからガソリンの店頭価格も下がるだろうという。それは大歓迎だが、本質的な問題を抜きにして一喜一憂してばかりもいられまい。原油が需給の実態によらず、投機や思惑で左右される現状を打破するためにも脱化石燃料の加速を望むや切▼やはり消費国のそんな要望が強まり、ここに来て電気自動車や燃料電池の研究開発が急速に進んでいる。バイオエタノールの可能性も拡大し、これまで厄介者とされていた食物や植物の残渣などが燃料に生まれ変わる機会が与えられるだろう。リサイクルの面からもこれは望ましい▼燃費は良いが車両価格が問題とされてきたハイブリッド車も売れ行きが加速しているという。レンタカーなども燃料を満タンで返す原則だから、当然として燃費の安いハイブリッド車を指定する客が増え、業者は買い換えに迫られている―など時代は転換が急だ▼原油がまさに戦略商品となって、消費国は翻弄され続けてきたが、その一つ日本もそのくびきから逃れるためにも、ここは先端技術を駆使してエネルギーの代替化は急務だろう。しかしそのテンポが決して速くないのはなぜかと疑問に思っていたが、果たしてその方面の開発には目に見えぬ圧力がかかっていたようである▼確証がないので名前こそ上がってはいないが、それは産油国の利権を守る方面からだろう。しかし新エネルギー開発の動きはもはや誰にも止められない。ものづくり日本が「加油」する番である。 |
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| ☆★☆★2008年08月17日付 |
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| 北京五輪の柔道競技最終日は、桟敷席(拙宅居間)に陣取り、一献傾けながらテレビ観戦した。男子100キロ超級の石井慧、女子78キロ超級の塚田真希ともに金を狙える選手だ。ここで金二つを取り、有終の美を飾る▼という設計で、"本家"としてはなんとしてもフィナーレをだめ押しで締めたい。期待通り二人とも順調に勝ち続け、ともに決勝まで勝ち進んだ。まさにこちらの計算通りだ。前日の鈴木桂治が信じられないような敗退をしてその後遺症にうちひしがれていただけに、いやでも二人に期待がかかる▼塚田の相手は超100キロ級といってもいい大柄な選手で、柔よく剛を制すのが柔道の真髄とはいってもこの体格差は不利だ。しかし塚田は積極的に技をかけ、押しまくる。圧倒的に有利で、観衆の誰もが塚田の勝利を確信していたはず。それが試合終了八秒前に形勢逆転した▼結果は背負い投げの一本負けだったが、それは相手が仕掛けたというより、「空気力学」に乗ってしまったという形で、これは不運としかいいようがない。相手はタイムを取って何度も帯を締め直した。そんなに緩むわけがなく、これは明らかに時間稼ぎ、つまり体力の消耗を防ぐ戦略だ▼結果として塚田は勝利を手にできなかったが、勝負そのものに敗れたわけではない。運のいたずらだったのだ。そして石井がその分を見事に挽回してくれた。文句のない勝ちっぷり。技、闘志、気迫に押されてこちらは運の方がシャッポを脱いだ。 |
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