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世迷言

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☆★☆★2014年08月22日付

 言論統制が行われている北朝鮮や中国でならまだしも言論の自由がうたわれている韓国で、外国の報道機関に対し公権力をもって制裁を加えるというのは行き過ぎであり、その狭量さはやがて自らに降りかかってくるだろう▼産経新聞の加藤達也ソウル支局長がウェブサイトに掲載した記事が韓国政府の逆鱗にふれ、ソウル中央地検が同支局長から2度にわたって事情聴取した問題を世界のメディアはどう見ているのかはさておき、日本の同業者たちはどう考えているのだろう?▼日頃は報道、言論の自由に神経質なまでに目を光らせているのに、この件については読売新聞を除いて大手各紙、地方紙に配信している共同通信などの反応は「他人事」のように冷淡である。加藤支局長の記事は朝鮮日報のコラムを下敷きにしたもので、それに加えた伝聞もまさか為にしたものではあるまい。しかし朴大統領の名誉を毀損したとしてソウルに足止めし、刑事、民事の両面から立件を考えているというのは異例というより異常である▼朝鮮日報には口頭で注意しただけなのに、その記事を引用した側には重罰を科すというその「按配」は政治色ふんぷんで少なくとも民主主義国家のやり方とはとても思えないのである。その逆だったらどうだろう。政府がそうしたら日本のメディアは大騒ぎするはずである▼韓国与党の代表は「(産経新聞は)罰を受けねばならない。再発防止のために措置が必要だ」と述べているが、そのためには朴大統領からも事情聴取が必要となるのだ。

☆★☆★2014年08月21日付

 東日本大震災は何事にも「想定外」があるという教訓を残した。しかし震災被災地以外ではいまだ「対岸の火事」視しているきらいがある。昨年から今年にかけて列島各地で記録的な豪雨が頻発しているのに、「ここなら大丈夫」と甘く見る傾向があり、それが油断を招く結果となっている▼昨年夏、当地でも観測史上1、2の豪雨があり、国道や県道が不通となった。たまたま東京からの帰りにこの不通とぶつかり、遠野経由で大船渡に戻ったがまさか大雨で国道が遮断されようなどとはそれまで考えてもみなかった。つまり想定外だったが、当局はその体験を踏まえて対策を講じているのだろうか▼そんな豪雨が今年は各地で猛威を振るった。そのつど、観測史上最大、記録的なという表現と共にその爪痕がテレビに映し出されるのだが、河川の氾らんで街中が水浸しになったり、裏山が崩れて家が土砂に埋まったり、線路や橋が水没したり、壊れたりとさながら津波のような惨状が伝えられるたび、「まさか」の油断が繰り返されている事実をいやでも知らされる▼「去年に続いて今年もまた同じような被害に遭うとは」という声を聞くと、治山治水という事業が金と年月を要すことは理解しても、人間というものは大して学習していないなと痛感する▼少なくとも川や山のそばというのは危険が一杯という認識を持つ必要があるのだが、現実にはそのそばに家が建ち、そして直撃されている。「まさか」というのは自然のエネルギーを甘く見ていた結果なのであろう。

☆★☆★2014年08月20日付

 次世代ジェット旅客機の開発を政府が主導することになった。大歓迎である。ジェットエンジンなどの開発には天文学的予算と、技術についても強力なマンパワーが必要であり、民間独自での飛翔≠ノは限界があるからだ。▼エンジンなど主要部品の7割を自給できる体制を固めるため研究・開発段階から国が主導して2030年頃の実用化を目指すというこの方針は、52年前にYS―11が国産旅客機としてデビューを果たしながら、国際競争力のなさによってその後続を断たれた官民の無念さが反映されている▼終戦によって日本には航空禁止令が出され、その空白と先進各国からの陰に陽にわたる圧力に阻まれて上昇気流に乗ることができなかった。YS―11はその失地回復の象徴として期待されたが、すでに彼我の開発力には雲泥の差がついていた▼ここに来て三菱が開発した国産小型ジェット機「三菱リージョナルジェット(MRJ)」が17年の実用化を目指して国際舞台に登場することになり、「零戦」を生んだかつての技術力が再び勢いを吹き返す期待が高まっているが、使用部品のうち国産比率はわずか2割とあって、純国産と言うにはほど遠い▼その後継機となる次世代旅客機の開発は政府が前面に出るかつての護送船団方式≠ェ再現される形だが、世界の旅客機製造市場は大型機が2強で占められ中小市場にブラジル、カナダの先行2社と中国、ロシアなどの参入によって混戦化の様相だが、日本が官民が一体となって開発にあたれば成果は大だろう。

☆★☆★2014年08月19日付

 改めて弦楽器の持つやさしさと艶やかさに触れて当地にもオーケストラが作られるようになるのは可能なのだろうか、可能としたらそれはいつの時代になるのだろうかと密かに夢想した。17日リアスホールで開かれたオーケストラ演奏を聴きながらのこと▼「東日本と愛知をつなぐ」と題したこのコンサートは、愛知県安城市にある愛知学泉大学のオーケストラと安城学園高校弦楽部による合同演奏を主体に繰り広げられたが、大船渡、陸前高田両市と気仙沼市を中心に今年で3年連続無料で開催という主催者「学校法人安城学園」の並々ならぬ熱意だけでも感謝しきれないのに、コンサートの熱意がさらに輪をかけて心ゆくまで堪能させられた▼3時間に及ぶコンサートは、オーケストラだけ、吹奏楽だけのそれぞれ演奏とオーケストラと合唱の共演という3部に分けて行われ、いずれもがわくわくするような熱演に聴衆も酔いしれた。アマチュアとはいえ、若い人たちの才能がほとばしる好演の連続は老体の身も心も洗ってくれた▼いわゆる西洋音楽としての演奏形態であるオーケストラが日本にも定着するようになって久しいが、欧州のように中小都市にまでプロ、セミプロ、アマチュアを問わずオーケストラというものが普及するまでには至っていない。吹奏楽がすっかり定着しているのだから、あとは弦楽の普及を待つだけなのだが、その指導者が地方にはいない▼老後を地方で送りたいという弦楽奏者夫妻を探すこと、その労を誰がとるか、問題はそれだけだ。

☆★☆★2014年08月17日付

 こちらが優しくすれば相手もそれに応えてくれるという幻想を少なくとも外交の場合は抱くべきではないと、これまで散々教えられてきたのに、いまだ中韓との首脳会談ができないのは安倍政権の頑なな態度にあるという意見があるのにはウンザリだ。こういう場合柳に風と受け流しておくのが最善だろう▼対話のドアは常にオープンにしていると安倍首相が力説しているにもかかわらず中国が歩み寄るそぶりを見せないのは尖閣問題で日本が一歩も譲らないからであり、同様に韓国が反発するのは慰安婦問題で譲歩する気などない安倍政権の歴史認識≠ェ気に食わないからである▼ではここでこれまでの立場をひるがえして一歩も二歩も譲ればどうなるか?そのままどんどん押し込まれるのは首相の靖国参拝が中韓の外交カードにされたのと同様の結果を招くのは明白である。慰安婦問題で譲歩してしまった河野談話をタテにとって性奴隷20万人説をばらまかれるその二の舞になることも以下同文▼韓国の朴大統領が、慰安婦問題を「正しく解決すれば、韓日関係が堅実に発展する」と述べた(読売新聞)という記事を見て、これではお隣づきあいはできないと思った。どうぞご自由にと言うほかはあるまい。必要なのは柳腰外交ではなく、粘り腰外交なのである▼安倍首相が15日の靖国参拝をせず、玉串料の奉納だけで済ませたがそれでも非難されるのだから、参拝すべきだった。しかし日本国内にすら参拝は否とするお門違いの声があるのだから、見透かされるのだ。

☆★☆★2014年08月16日付

 昨日の本紙トップ「新笹ノ田トンネル実現を」は是非実現させたいものだ。一関市大東町大原地区と陸前高田市矢作町を結ぶ国道343号笹ノ田峠付近に新しいトンネルを整備し、冬季でも安全に往来できるようにしようというこの動きは、ILC(国際リニアコライダー)とリンクさせて両市共通の課題とすべきものであろう▼一関商工会議所を中心とした民間団体が先月発足させた「新笹ノ田トンネルを実現させる会」が目指すこの運動は、現在ループ橋で結ばれている両市の境界付近に新たにトンネルを設け、冬季の安全確保だけでなく時間短縮も図ろうというもので、すでに一関市内を中心に署名活動が行われているが、むろん気仙地区も全面協力すべきだろう▼国道343号は県南内陸部の東磐井郡と沿岸の気仙郡を結ぶ歴史的な路線だが、かつての未舗装で狭隘な道路が新たな整備計画によってトンネルやループ橋などによって装いを新たにしたのが29年前。しかし本県2番目のループ橋は当初こそ目新しさで話題になったものの、冬季は凍結の難所となり改善が望まれていた▼笹ノ田峠の最低部にトンネルを設けるこの構想は沿岸部との交流促進を目指す一関市の期待だけでなく、ILCの誘致あるいはそれが実現した場合の関連性も高く気仙地区も連帯しておそらく期成同盟も生まれるなどの発展性も予想される▼気仙から一関に行く場合、冬季は遠回りとなっても気仙沼市経由を選ぶドライバーが多い。このトンネルができれば波及効果も大きいはず。

☆★☆★2014年08月15日付

 産経新聞のソウル支局長がネットのサイトに書いたコラムが大統領の名誉を毀損しているとして韓国大統領府が民事・刑事上の責任を追及することになり、地検が支局長に出頭を要請したという一連の流れがどうなっているか知りたいと思っていたら昨日の読売新聞が「韓国、批判的報道に圧力?」と大見出しで報じて解説してくれた▼この記事は当の産経も小さく報じ、他のメディアも取り上げぬかベタ記事扱いだったので話題にも上っていない。しかし隣国のお家事情とはいえ、ことは報道の自由に関することである。韓国政府の対応ははたして適切なのかどうか、行き過ぎではないかという論調などが百出してしかるべきなのだが、多くがダンマリを決め込んでいる▼読売が「報道機関が捜査対象となるのは極めて異例」として事の顛末を詳しく報じているのは産経と波長を同じくする僚紙≠ニしてさすが見かねたせいもあろうが、このコラム自体、引用ベースが韓国最大手紙「朝鮮日報」のコラムであり、韓国政府は同紙に口頭の抗議だけで済ましたが引用した産経には強権発動とは二重基準だろう▼もっとも産経のコラムには関係筋の噂話などが付け加えられていささか勇み足となったのは否めないが、慰安婦問題などで韓国政府には批判的な産経が「狙い撃ち」にあった観もあればこそ、読売の言う「圧力」の存在も同感したくなる▼ただ、他国とはいえ報道の自由の領域に韓国政府が踏み込むのは、韓国メディアにも足かせとなるおそれがあるのではないか。

☆★☆★2014年08月14日付

 昨日の岩手日報が「自衛隊、靖国へ集団参拝」と2面トップで伝えていた。「問われる政教分離」という中見出しだが、制服姿の集団で参拝はしても玉串料は私費で支払ったのならなんの問題があるのか。メディアはそろそろ靖国アレルギーから卒業してほしいものだ▼記事によると海上自衛隊の幹部らが毎年の遠洋航海前に100人以上が集団参拝を続けており、今年は同神社内にある展示施設「遊就館」を見学した際、休憩時間に各人の自由意思で昇殿したが、玉串料について防衛省は私費で支払ったと承知していると説明している。となれば制服着用が問題ということになる▼記事を配信した共同通信の編集委員は、安倍政権による集団的自衛権行使容認によって自衛隊の任務の危険性が増す恐れもある中で両者(自衛隊と靖国神社)の「密接な関係」は今後、論議も呼びそうだ―と解説しているが、ここで取ってつけたように集団的自衛権に触れるあたり、初めに集団的自衛権反対ありきのメディアらしい▼例によって進歩的学者が政教分離規定に抵触する疑いありとコメントしているが、私的ならまったく問題ないとする別の意見こそ正解だろう。かつては首相の参拝にすら誰も異論を唱えなかったものが、中韓が途中から横やりを入れるようになって追随するようになったのがわがメディアなのである▼問題があるのなら憲法ができた直後から疑義を呈さなければならなかったはず。なのに外からイチャモンが出たら尻馬に乗って騒ぐというのはどんな料簡か?

☆★☆★2014年08月13日付

 お盆になると、あの世というものがはたして存在するのかどうかと考えることにしている。見てきたと言う人もまれにいるが、それが本当かどうかは別にしてあの世が存在すると考えればこそ、普段の生き方に自重、自省が生まれるのではないかと思うからである▼当方は宗教に帰依するものではないが、しかし科学では説明できない造物主も魂も存在すると思っている。でなければ宇宙など存在するわけがない。などと話そうものなら、非科学的人物とののしられかねないが、人間という動物は造化の主が自らの存在を知らせるために作ったのだと思えば得心する向きもあるだろうか▼さて、死後三途の川を渡っていよいよ極楽と地獄の岐路にさしかかるとここには大法廷があって、生前の行状が裁判長から明らかにされる。そして行き先が良い行いと悪い行いの量と質によって判定が下されるのである▼人を殺めたり、盗んだり、色々迷惑をかけた亡者は当然地獄送りとなる。すべての行状が大スクリーンに映し出されるからむろんいい訳など通用しない。悪人はここで初めて前非を悔いるがもう後の祭。逆に善人は「大したことのない人生だったが、真面目に生きてきたことだけはよかった」と胸をなでおろす▼死後にはこういう場面が待ち受けているなど、悪いことのたけを重ねた人間には想像もできまい。法網をくぐり抜け、とにかく捕まりさえしなければいいという考えがいかに甘かったか。多分そんな話があの世からの帰省客から聞かされよう。それがお盆だ。

☆★☆★2014年08月12日付

 この夏は一切エアコンのお世話にならずに済みそうで、結果としては節電に協力した形となるだろう。日中は扇風機のみ、夜は窓を開け放って寝るというスタイルで夏を乗り切れる当地の「いながら避暑」にただ感謝するのみ▼確かに35・9度という猛暑日もあった今夏だが、うだるような暑さとは感じられなかったのは、皮膚感覚、五感知覚が退化したせいなのだろうか。三陸博があった年、釜石市で36度を体験した時はいたたまれぬ思いがしたが、それと0・1度しか違わぬ猛暑が特別猛暑と思わなかった証拠に汗っかきにしては汗をそうかかなかった▼毎日のテレビで見る各地の猛暑ぶりは気の毒なほどで、体温より高い37度から40度近い暑さというものはどんな過酷なものか、考えるだにぞっとするが、その点、窓を開け放って眠られる心地よさはまさに「東北の軽井沢」だからこそ得られる特権で、朝方に寒くなってあわてて窓を閉めるという日も何日かあった▼毎夏こんな主旨の駄文を必ず書き、冬は冬で「東北の湘南」に住む幸せを書くというこのマンネリズムは、ネタ不足がもたらすものでは決してない。それどころか、これを書かずしてわが身の存在意義がないとすら思うのだ▼どうせ暑さに悩まされるなら日本一の暑さを喧伝して観光客を呼び込もうという試みがトップ争い?をしている都市で行われているが、実際どんな暑さなのか訪れる人もいるというのは酔狂にしても、「気候的定住理想地」といった大ボラを吹いて物好きを集めるのも一興?


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