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世迷言

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☆★☆★2014年12月17日付

 図体はでかくなったがそれが木偶であってはなるまい。衆院選で圧勝した政権に贈る言葉はこの一事である。というのも、本来のあるべき国の姿を探るのは今を措いてないと思えばこそで、安倍政権は保身など一切考えず国と国民の将来に安心を与える仕事に専心すべきだろう▼敗戦から復興に至るこの国の歩みを眺めてきて思うのは、日本人の克己
勉励の精神と優しさ、思いやり、清潔さ、協調性その他もろもろ国民の美質として挙げられる事柄が後押しして、この奇跡的な復興と発展が成し遂げられたということである▼だが、それと引き替えというよりは、敗戦の結果として失われたものもあることは否定しがたい。それは反省に伴う贖罪意識が前面に出て、自国に対する誇りと自信までを呵責の対象としてしまったことである。ムリもない。戦勝国米国のしたたかな占領政策によって自立国家に必要な自主性も独立性もすっかり骨抜きにされたからである▼だが戦後70年、そろそろ国の再構築が許されていい頃合いでなかろうか。与党の圧勝にはそうした付託の意味合いもあるように思われる。アベノミクスに対する可否のみに焦点が当てられたからこそ棄権が半分にも及んだのであり、もしこれが真に国の進路を問うものなら多くが投票所に向かったはず▼冒頭の難事を解決する気概を持った政治家は安倍首相以外に考えられず、だから憲法改正の道筋をきちんと国民に説明し、納得させる時間が与えられたと思う。日本の将来に真っ正面から向き合うために。

☆★☆★2014年12月15日付

大勢が決するのを待って本欄を書こうと一時は思ったが、葦の髄から天井を覗く式の視野狭窄な駄文など鏤骨の文章が綺羅星のごとく並ぶ大手各紙のコラムの前には哀れを誘うだけだと思い直してスルーした▼解散総選挙と決まった時点から争点は「アベノミクス」の成否を問う選挙になるとメディアは書き立て、そもそも解散に大義があるかどうかなどと論議されたが、小欄は所詮結果論としても、これは日本の国柄をもう一度考えるいい機会となったのではないかと思った▼人はパンのみにて生くるにあらずとは言っても、経済は生活する上で不可欠な要件であり、アベノミクスがはたして国民生活をどう変えたか、今後どう変えるかは重大な関心事である。だからこそ最大の争点とするのはよしとしても、戦後日本の流れというものを問い直す課題も同時に突きつけられているように思われ、むしろそちらが本当の争点ではないかとさえ極論したかった▼従軍慰安婦改め性奴隷20万人説や南京大虐殺30万人説など史実によらずプロパガンダ(宣伝)によって一方的に非をならされ、反論も反証もせずに頭を下げてきたこれまでの自虐史観を捨て去り、世界に広まった誤解を解く一方で、真の日本の姿を理解してもらう努力が今こそ政治に求められているのではないか▼正しい歴史認識はむしろ中国、韓国にこそ必要であり、日本は平和国家としての矜恃と自信を取り戻すべき時なのである。そう望んでいる国民に対し各党はどう答えるか、その結果が出るだろう。

☆★☆★2014年12月14日付

 食の安全を守ることの難しさを痛感した「ペヤング事件」だが、本日も再び食について筆をとりたい。それは「医食同源」ということである。健康維持の上で何より大切なのは食べ物をおいしくいただくという基本ではなかろうかと思うからである▼「医食同源」は中国に古来からある「薬食同源」という概念の「薬」を「医」に置き換えた日本独自の造語だという。日頃からバランスの取れた美味しい食事をとることで病気を予防しようという発想で、これは日本発の見事な提案であると思う。健康維持のためには適度な運動をすることや、食事は腹八分、快食快便快眠―など色々あろうが、美味く食べるということも見落とせない▼確かにバランスの取れた食事は大事で、そういう意味で偏食は決して好ましいことではないが、好き嫌いがあるのは人間も動物も一緒であり、無理強いはかえってストレスを与えることになる。しかし極端に走ることは避けたい。だから親は子どもが幼児の頃から好き嫌いがないようにするのも教育の一つだろう▼さいわい、小欄は食糧難の時代に育ったのでそれがない。むろん好みはあるが、何でも食べられるというのはありがたいことである。朝は味噌汁だけでご飯は昼だけ。夜は米のジュースという定番がいいと思うのは昼飯が待ち遠しいこと。その昼飯となる弁当は昨夜の余りものに漬け物と味噌汁、そして時にはご飯の上にとろろや鮭のフレーク、塩辛などをぶっかける。これが「美味い」と実感できるしあわせこそ医食同源か。

☆★☆★2014年12月13日付

 たかがゴキブリ一匹が企業の生命を奪いかねないのだから食とはおそろしい。カップ焼きそばで知られる「ペヤング」を生産販売している群馬県伊勢崎市の「まるか食品」が重大な危機にさらされている。商品の焼きそばにゴキブリが入っていたため全商品の自主回収と、生産販売の全面中止に追い込まれたからだ▼即席麺の普及によって本来なら油で炒める焼きそばも湯煎でできるのではないかという発想が市民権を得て、その名前だけは誰でも知っている「ペヤング」が、大企業がひしめく大都会ではなく、群馬県の一地方で作られているとは知らなかった。1、2度は食べたこともあるが、独身ならともかく、「主夫」は即席やインスタントに頼るわけには行かないから以後はご無沙汰している▼カップ焼きそばに虫が入っているとの写真がネット上に投稿されて発覚したこの問題は、委託された外部検査機関によっていたずらや故意ではなく、製造過程で混入した可能性が否定できない、という検証結果が出たことから同社も無視できず、焼きそばだけでなく全商品の自主回収と生産販売の中止を余儀なくされた▼原因が不明にもかかわらず、同社が製造過程での混入はあり得ないといった当初していた説明を一転して翻すことになったのは、検査機関の検証もさることながら、全国から「食の安全への認識が甘い」という批判が殺到し、小手先の対応では済まなくなったからのようだ▼それにしても厳重なはずの衛生管理にどんな隙があったのだろうか?

☆★☆★2014年12月12日付

 今では骨董品的存在だが、シャープのヒット商品であった電子手帳「ザウルス」がわが机の上でなおも頑張っている。理由はその中に収まっているデータが大事だからだが、親ガメがこけたら小ガメもこける。デジタルの世界とはなんともろいものだろうか▼ザウルスは何度も進化した。最後はカメラも付いて分厚くなりとてもポケットには収まり切れなくなったが、小欄が使っていたのはその末期′^である。メモ代わり、備忘録代わりに活用し、重宝していたのだが、パソコンの能力が飛躍的に高まり、かつミニパソコン化した携帯電話やタブレットの登場によってまさに「恐竜」的運命をとげた▼わがザウルスはしかし生き残って今なお貴重なデータを死守しているが、内蔵電池は寿命が尽き辛うじて交流電源で命脈を保っているという状況。それでも画像記録用のカードがついた外部型カメラや画像を送れる通信機能など当時から見たら実に先進的な機能には感心する▼かつては外部記録装置として名刺大のカードがハードディスク代わりを務めていた。記録容量を稼ぐためそれだけの大きさが必要だった。それがいまや小指の先ほどのマイクロSDカードがその何百倍もの能力を備えるまでになった。それはいいが、メディア(記録媒体)の進化が記録をどこまでも先送りできるかどうかは怪しい▼問題はメディアが世代交代する時、その持てる資産を継承させられるかである。その時々の先進性、利便性が後にバトンタッチされないような発明は発明でない。

☆★☆★2014年12月11日付

 復興の最終ゴールは15年から20年という見方があるが、なになに、とっくに復興したものがある。公務員の年末ボーナスである。2年間にわたって減額措置されていたものが今年度終了、元の水準に戻った。ジャーナリストの磯山友幸氏がそんな民間との温度差を嘆いていたがまさにその通りだろう▼東日本大震災で復興特別税が導入され、法人税や所得税に税率が上乗せされた。民間にだけ増税を求めるだけでなく政府も身を切る必要があるとして、公務員の給与もボーナスもカットされたのは当然すぎるほど当然で、痛みを分かち合うというのは復興を精神的に促す効果もあるだろう▼だが、2年間の「痛み分け」が終了、年末のボーナスは前年に比べて大幅に増額されることになった。2年間という時限措置が長いか短いかは立場、立場で異なるだろうが被災から立ち上がるためにのしかかる負担に耐えている民間から見ればこれは公平を欠くこと甚だしいと言わねばなるまい▼被災地では公務員も被害者であり、確かに減額は辛いものがあったに違いない。だから局面を一視同仁するような政策ではなく「被災地枠」のような減免措置もあってしかるべきであり、被災地以外の公務員はその分を支えるという「シェアリング(分かち合い)」も考えられたのである▼だが、国の財政がどうあろうと「頂くものは頂く」という「官高民低」の意識がこの国にはいまだこびりついていて、「先憂後楽」などまさに絵空事になっている事実をあからさまに描いてみせるのである。

☆★☆★2014年12月10日付

 津波が来ることは分かっていたがあまりに大きかったその規模は「想定外」だったのが東日本大震災だが、先週西日本を襲った大雪などは誰もがはなから想定などしていなかったようだ▼この大雪が徳島県まで及ぶとはまさに一般常識を超えていた。県名からまず真っ先に連想するのは四国という南国だろう。実際年中温暖で平野部は冬でも零下になることはまずないという。ただ四国山地は例外で、今回豪雪被害で孤立した三好市や東みよし、つるぎ両町などの西部は、北東部や南部と比べると温暖のイメージはないという▼それでも冬は銀世界となる東北などと比べれば寒さに対する備えは低いはずで、そこに「想定外」の雪魔が入り込む隙があった。自宅で倒れていた98歳の女性宅にはストーブがなく、寒さでこごえ死したものと見られるが、膝まで降った雪と倒木などで主要道路が不通になるような状況では所によって孤立無援にもなろう▼孤立した地区は食料にも燃料にも事欠き空腹と寒さで大変だったようで、外部との連絡が取れれば救援も早くかつ遺漏も少なかったはずだが、孤立した地区はほとんどの世帯がインターネットを経由して使う「IP電話」に頼っていたため、停電で断線化した▼徳島県ではこの体験に目覚め、太陽光や手動で蓄電できる携帯型の充電器や予備バッテリーなどの普及に努めたいとしているが、天災は時や場所を選ばないという冷厳な事実は学んでいなかったようだ。東日本大震災の教訓を対岸の火事視していたからだろう。

☆★☆★2014年12月07日付

 「新星」は時に流星のように消えて無くなる場合もあるが、これはまぎれもなく期待の新星と言えそうだ。柔道のグランドスラム東京大会66`級で世界選手権3連覇の海老沼を破って優勝した阿部一二三選手のことで、しかも17歳の高校生というのだからいやが上にも期待したくなる▼9月の全日本ジュニア選手権で初優勝、さらに11月の講道館杯で高校2年生では史上初となる優勝を成し遂げた阿部の才能については先日のテレビで見て、技だけで無く試合度胸もありそうだったから、本番の活躍を楽しみにしていた▼あいにくテレビ観戦の機会を逸し翌日の報道で世界王者を破る快挙を知ったのだが、スポーツの世界に顕著な世代交代をここでまざまざと見せつけられる思いがして、敗れた海老沼が気の毒だったが、これは敗れた方の体力、技の衰えというより、阿部の図抜けた素質を勝因に挙げるべきだろう▼身長168aとこのクラスでは小柄な方に属する阿部にとってリーチにまさる選手との対戦が課題だった。このため素早く相手に密着して技を仕掛けるという、スピードと臂力を要求される鍛錬を心掛けている様子が紹介されていたが、その効果の目覚ましさに目を見張ると同時に、これは相手に研究されるのではないかと要らぬ心配をした▼長身のコーチと組み手を研究し、最初の内は投げられていた阿部が密着の間合いを掴んでコーチを投げ飛ばすまでに至ったその高い運動能力と、格闘技に不可欠のぎらぎらしたファイトを見て、今後が楽しみになった。

☆★☆★2014年12月06日付

 初の黒人大統領が登場して米国の宿痾ともいえた人種差別がようやく解消されつつあるとの印象を持ったのは早計だったのか?黒人少年を射殺した警官と黒人男性に暴行を加えて死亡させた複数の警官に対しいずれも大陪審が不起訴としたことで同国内に抗議のデモが広がっている▼陪審員制度については以前から問題が指摘され、日本の裁判員制度が導入まで時間がかかったのも、そうした前例があってのことだった。あいついで行われた二つの裁判で大陪審が一方的ともいえる判定を下したことは、被害者がいずれも黒人であるという点で、そこに差別の素地がありありと感じられる▼米国に限らず白人の有色人種に対する優越感は、南アフリカの極端な例を引くまでもなく、いまなお確実にあり、実際に米国を旅してみると、時にあからさまではなくとも有色人種を一段と低く見ていることを肌で感じることがある▼アメリカンドリームを求めていまなお世界各国から移住が増加しているため、人種のサラダボウルに例えられる状態はさらに進んで、アジア人も以前のように色眼鏡で見られることは少なくなったようだが、優越感というそのものまでが払拭されることはまずあるまい▼その端的な例がこの二つの不起訴につながったことは明らかで、民主主義国家の典型のように振る舞うこの国だがその実相を見ると、まだ日本という国に住むことのできるしあわせを思わざるを得ない。日本も次第に国際色豊かになるだろうが、差別とは無縁な国にしたいものだ。

☆★☆★2014年12月05日付

 大船渡市内の割烹で地物の鯛が出た。これが刺身の盛り合わせに趣きを添えただけでなく、味そのものがまさに絶品で、威風辺りを払い、王者の貫禄を堂々と示したのにはひれ伏した。「腐っても鯛」というが文字通りである▼当地の前浜で鯛が捕れると聞いたのはもう10年も前のことだろうか。どうせたなご程度の小物だけだろうと思っていたらあに図らんや、「目の下何尺」級の大物が揚がり、それを目の前に示されると信じられない思いが先に立つ▼関東以西の魚という先入観が崩れるようになったのは海水温の上昇抜きに考えられないが、事実、南の魚だった鰆(さわら)が当地沿岸でも水揚げされるようになり、これはまれなケースとしても伊勢海老が捕れたこともあるのはその証拠だろう▼代わってサケやブリが姿を消すようなことにはならないでほしいが、地球の温暖化でミカンの産地が北上しつつあり、やがて東北も産地になるだろうという予測もあるほどで、海況もそれにつれて変化していくのは避けられないのかもしれない▼さて、「北限の鯛」だがかって山形県の湯野浜温泉で出された石鯛の刺身以後食べた鯛の刺身でうまいと思ったことはなかったが、その前例を覆すうまさだったことは味わった全員が絶賛したことでも明らかだろう。この味を活かさぬ手はない。北限の椿の葉に載せ、北限のユズをそえて「北限の気仙鯛」を届けるという趣向はどうだろう。身が締まっていてその割に柔らかく口に溶けるこの逸品をブランド化せぬ手はない。


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