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世迷言

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☆★☆★2015年02月01日付

 今日から2月と思っただけでわくわくする。昨日の大手新聞2紙のコラムが期せずして「一月往ぬ(る)、二月逃げる、三月去る」と昔からの言い伝えを引用していたが、みんな同じような気分なのだろう。それを「一陽来復」と古人は言い切った▼昨年も同じようなことを書いたので今年は別の切り口でと考えたが、引き出しに何も入っていない悲しさ。ひたすら春待ちの心情を綴るだけになる。なにせ4日は立春。2月の異名「如月」が「衣更着」から転じたもので、さらに重ね着が必要なほど寒いのだから安心するのは早いとたしなめられそうだが、なぁに「大の月」(31日まである月)から見たら3日も早く終わる。弥生までは一瀉千里だ▼関東地方も積雪した30日は当地も「お相伴」したが、濡れ雪だったから降り続けても積もるまいと楽観していた。その通り翌朝は道路にかけらも残っていなかった。これが内陸だとそうは問屋が卸さない。あちらでは雪空を見上げて少なからずがいまいましい思いをしているだろう▼そういう意味で沿岸部は恵まれている。屋根の雪下ろしはおろか、雪かきもせずに済むというのはなんという天の恵みであろうか。若い人ならいざ知らず高齢になったらこうした作業は大きな負担になるだけでなく、下手をすれば命にかかわることになる▼そんな雪国の住人の手助けをする「スノーバスターズ」に社内から今年も何人かが応募した。その心意気やよしとロートルはただ感服するだけなのだが、それにしてもいい国だなと思う。

☆★☆★2015年01月31日付

 消費税を8%から10%にしようともくろむ財務省と、せっかくのアベノミクスが腰砕けになることを恐れた安倍首相との暗闘≠ヘ、解散というダンビラを抜いた首相の奇襲が奏功、2段階の引き上げは延期された。だがタイムアウトとなって予定通り2けたになったら景気はどうなるのか?この腫れもの≠ノは誰も触りたがらない▼アベノミクスがうたい文句どおり機能してようやくデフレスパイラルから脱却の薄日が差したと思う間もなく野田内閣時代の3党合意に則って5%から8%への引き上げ時期を迎えた。安倍首相がこれを嫌がったのはむろん景気の後戻りを恐れてのことだったが、法理と税理との両面から攻めてくる増税包囲網≠フ前には抗うすべを持たなかった▼税と社会保障の一体改革という立派な大義名分を掲げても、増税によって税収が増えるのならともかく、デフレという長いトンネルから抜け出せずいたずらに体力を消耗した身にさらなる労力を課すようなやり方では大幅な税収増は期待できないから、ここは我慢して景気の好転を図り、十分に体力を取り戻してからでも遅くはあるまいと小欄は反対してきた▼案の定、上げ潮だったGDPは8%となってから退潮気味となり、そのまま10%に突入したら再びリセッション(不況)に転落は不可避の状況となったのである▼経済の動きは人間の心理と等式関係にあるのだから、社会実験として試しに3%に引き戻してみたらどうだろうか。10%よりはるかに税収が上がるはずである。

☆★☆★2015年01月30日付

 所用で宮古まで出かけた。約1年ぶりだったので道すがら沿岸部の復興状況を見ることができた。さすががれきは残っていないが、崩壊した防潮堤や護岸、橋梁などが被災当時そのままの姿をとどめていて復興はおろか復旧にすらあとどれほどの年月が必要かと思った。しかし山登り同様、歩みを一歩一歩進めていくうちに頂上に到達するのである▼1年の「経時変化」はやはり大きい。以前はがれきが片づけられて単なる更地となっていたところに、防災施設や商業施設などが建ち並び、トラックなどの大型車両がひっきりなしに通ることもあいまってゴールドラッシュ当時もかくやと思うばかりの活気を呈している▼むろん場所によってそのテンポは異なり釜石市の鵜住居地区などはあれほどの街がどこへ行ったのかと思うほど既視風景が忽然と姿を消しているかと思えば、山田町のように埋め立てに使うケーソン状の箱がまるで積み木のように並べられていて進んでいるなという印象を受ける▼宮古市の漁港は船だまりが改修整備されて屋根付きの大型格納庫が用意され、さらに船を陸に揚げるクレーンなども備わっていて気仙地方と比べるとさすが、鈴木善幸氏のお膝元のことだけのことはあるなと、その「格差」を感じた。重茂半島めぐりを思い立ち、ついでに本州の最東端「魹ケ崎」まで足を延ばすことにしたら1時間も歩くと知って断念、山田町経由で帰ることにしたらこの半島はきついカーブだらけなのに驚いた。善幸さん何をしていたのだと恨んだ。

☆★☆★2015年01月29日付

 円安で苦しんできたエネルギー資源輸入国にとってこのところの原油安はまさに神風となった。車のガソリンや暖房用の灯油などの下落が相次いで一般家庭はほっとしている。だがこれがいつまで続くのか、そこには世界経済の複雑なメカニズムが絡んでいるようで予断は許されない▼OPEC(石油輸出国機構)と聞くと反射的に身構えるのは2次にわたる石油危機で苦しんだ体験を持つ世代だろう。石油の暴騰があらゆる分野に影響を及ぼし、パニックになってトイレットペーパーの買い占めまで起こったことを思い出すにつけ、脱石油の重要性を考える▼高値安定が続き、昨年夏には一時1バレル110j以上にも達した原油の国際価格がその後下落に転じ、現在40j台にあるのは輸入国にとって大きな福音となっているが、良いことは長く続かないのが世のならいでそれは世界経済も例外でない。原油安の原因は米国発のシェールオイル・ガス革命が引き金になったとも言われるが、産油国がそれを黙って見ているだろうか?▼原油安のもう一つの理由として主要国経済の低迷と新興国経済の減速が挙げられているが、それもあるにせよ急激な下落は産油国の「シェール革命つぶし」にこそ真の狙いがあるという見方はあながちはずれてはいまい。いやそれこそが「真犯人」なのかも▼国際競争となると最後はコスト争いである。すでに米国ではシェール開発企業の破綻が起きている。双方の「我慢比べ」が始まったとすれば、今後の展開がいやでも気になる。

☆★☆★2015年01月28日付

 現実には不可能なのにそれを可能にするのが映画の面白さで、米国映画「ランボー」のシリーズ全部を見たのも、アクションというよりは敵地に潜入して人質を救うというその痛快さにある。もしランボーあらば人質の救出を頼みたいのだが…▼スパイ防止といったアクションすら否定されそうな平和ぼけ日本では、インテリジェンス(諜報活動)などおどろおどろしく受け取られそうだが、外交はリーガル(合法)だけで成り立っているわけではない。そこにはイリーガル(非合法)の諜報も必要悪として存在する▼機械や電波などITを駆使した科学諜報はまずまずとしても、ヒューミント(人間による諜報活動)はまったくといっていいほど苦手な我が国は、同胞がイスラム国で拘束され法外な身代金を要求されても、特殊部隊を派遣して救出するなどの実力行使は不可能であろう。憲法云々以前にそんな危険な行動はご法度なのである▼結局は周辺国や仲介者を通じて間接的に交渉を進める以外にないが、そのもどかしさを今回だけでなく過去の人質事件でもどれほど味わったことか。こういう場合に備えて世界各国にランボーや007を配置しておくということも国民を守るための手段なのである▼なにしろ安倍首相が人道的配慮から2億jの支援をしたことがまずかったとのたまう議員さんがいる国。イスラエル軍によるエンテベ空港の奇襲作戦のようなことは望んでもムリだが、「人命は地球より重い」とする伝統が生む見せかけの正義にはウンザリである。

☆★☆★2015年01月27日付

 これは当方の希望的観測で、後で的外れだったと笑われることを承知で推理すると、殺害されたとされる湯川遥菜さんは今も無事で、後藤さんと共にやがて解放されて帰国する―というのはやはり当てずっぽうだろうか?▼なんの根拠があってのことでもなく、まったくの当て推量なのだが、もし自分がイスラム国の当事者だとしたらどのような手を打つかと考えると、人質を殺害しては何の見返りもないから、有利な交換条件を引き出すためには色々と策を弄するはずである。後藤さんが掲げた写真には首を切断された男性が写っているというが、静止画の加工は容易である▼安倍首相はその写真を見て「信憑性は高い」と認めたと報じられているが、その根拠については付言されていない。それは「画像は加工されたものだろう」と否定すればれっきとした証拠≠示される可能性が生まれるからだ。つまりあくまで認めたふりを世界中に発信する必要があるのである▼後藤さんが英語で助命を乞う発言をしたことについて母親の石堂順子さんが「言わされているのではないか。命乞いをするような子ではない」と否定し、夫も「音声は本人のものではなさそうだ」と語っているところを見ても、これは時の解決を待つ後藤さんがイスラム国側の演出にわざと従って見せたと解したい▼少なくとも相手には日本に対しても2人に対してもなんら憎悪はないはずである。ヨルダンで収監されている仲間との交換という狙いのための「本気度」演出ではなかろうか?

☆★☆★2015年01月25日付

 商売柄、毎日の新聞各紙に欠かさず目を通しているが、紙面に如実に反映されているのが日本人の国民性であろう。島国ゆえか、のほほんとしている半面、神経を使い過ぎて一過性の事柄にも一喜一憂するようなところがある▼終戦間もなくから腹を空かして育ったせいか、飽食して太りすぎを気にするような現代の世相は一種のカリカチュア(戯画)を眺めるような気分になる。確かに生活が豊かになってハングリー精神が薄れたせいかこらえ性がなくなり、精神的には脆弱になった印象を否めない▼いまマスメディアを統べているのは年齢的にほとんど団塊世代以降であり、長い平和になじんできた分、大きな変化に対して不安を抱き、多分に心配性になっているように思えるのである。だから集団的自衛権とか特定秘密保護法などの言葉には敏感に反応し、取り越し苦労をするのではないか▼一国平和主義がもたらした帰結というか、イスラム国の人質解放を例にとっても「首相が辞めたら解決する」とか「2億jを払って救出しては」といった意見が議員や政府高官の間などからすら出るなど正気の沙汰とは思われない▼アベノミクスに対する評価も同様で、検証には長いスパンが必要なのに日々重箱の隅を突いて正義ぶってはいないか?中央や大企業にはある恩恵が地方にまで及んでいないともっともらしく書くが、大企業が儲けた余得にまずはあずかりながら、それには知らんぷりというメディアのダブルスタンダード(二重基準)は実に牧歌的である。

☆★☆★2015年01月24日付

 阪神淡路大震災から20年が過ぎたと知ってもまるで昨日のことのように思われるのは、こちらにはしばらく平穏な時間が流れていたからであろうか。あと16年後、東日本大震災から20年という節目が訪れるが、その時被災地の人々はどういう感想を抱くのであろう?▼阪神高速道が地震で横倒しとなったすさまじい光景を見て、復興までにどれだけの時間がかかるのだろうかと戦慄を覚えたあの日からすでに20年もの歳月が流れたなどととても思われないのは、記憶というものが一時どこかに棚上げされるからではあるまいか。それを風化と呼ぶのかどうかはさておき、現地がいまだ当時の影を引きずっているのは事実▼15年ほどで一応、復興と呼べる形は整ったが実際は細部に傷跡が残っていると聞いたが、それでも復興のスピード感が違うのは確かである。東日本大震災の被災地が20年後どう変わっているか、原発事故の後処理が重荷となっている福島と他の2県とは大きく異なるにしても、時間がゆっくり流れるのはまちがいあるまい▼旧世代が集まるともっぱら話題は被災から20年後のことになる。どの町も被災前と大きく異なる風景を持つようになるのはまぎれもないことだが、それが「ここに住み続けてよかった」という感慨をもたらすような期待ができるかどうかが最大の関心事となっているからである▼小欄もそれまで運良く存在しているかどうかは別問題にして、次世代が胸を張って自慢できるような町になってほしいとひたすら願うこのごろである。

☆★☆★2015年01月23日付

 昨日の本紙に盛岡タイムスから転載された「出版界で『地方消滅』論争」という記事が載っていたが、多分こうなるだろうなとの予感はあった▼元本県知事の増田寛也氏の編著になる「地方消滅」は、全国896自治体の消滅を予想≠オたもので、消えゆくであろう当の自治体とそこに住む住人にはショッキングな内容だったようで、当地の若い人から「本当にこうなるのでしょうか?」と聞かれもしたが、元総務相で日本創成会議座長を務める増田氏がいい加減なことを書くわけがないから「そんなところでは」とお茶を濁した▼しかし今は自由人としてもかつては知事として本県の発展に努めてきた人物が、本県に踏みとどまることもなく消えゆく心配のない東京という高みから第三者的見方をするのは、少なくとも本県人から反発を食う確率は高い▼少子高齢化という現状から見れば我が国の人口がどんどん減っていくのは趨勢として肯定せざるを得ないのが妥当だし、色々シミュレーションを重ねての結果だろうから、増田氏に罪はないのだが、知事時代やむを得ない事情とはいえ大借金を残していった過去を本県人は忘れていない▼この記事にはそんな県民意識を感じたのだが、実を言うと小欄はこの本を読んでいない。読まなくとも「このままでいいのか?」という警鐘だと理解しつつ、「岩手はこうしたら」という提言だったらもっとベターだったのにと思った次第。日本人の知恵によって実際はこうなるまいと思うから別段、意にも介してないのだが。

☆★☆★2015年01月22日付

 雪山事故や紛争地域での人質事件などに接するたび「行かなきゃ良かったのにな」と思うのが俗人の常だが、しかし逆に危険が伴うからこそ引かれる人間の業というものがあるのかもしれない。それにしても「イスラム国」の人質となった邦人2人の解放にどんな秘策があるのだろうか?▼イスラム国が動画を通じて世界中にその存在を誇示し、誇示するばかりでなく人質を残忍な手口で殺害するのは、まつろわぬ国々と人々を恐怖に陥れて抵抗心を奪い版図を拡大していくという古典的手法によるものである▼だが、通常兵器だけでなく核兵器まで抱えて軍備を怠らない国ですら、いわば部族的武装勢力やその発展系のテロ集団に対する軍事的介入には限界があり、さしもの「世界の警察」米国ですら何度も手痛いやけどを負って以後、テロ集団の跳梁を抑えるどころか対策も浮かばぬまま手をこまぬいている状況である▼まさに百鬼夜行といった様相を示しているテロ集団の拡散に先進各国が右往左往している様子に、こうなった大元が実はかつての諸大国の横暴と無縁ではあるまいと考えるにつけ、そこに因果というものをいやでも感じざるを得ない▼イスラム国の日本に対する印象はけだし良好で、だからこそ2人に対する扱いも手荒ではない印象を受けたのは希望的観測だろうか。しかし相手の言い分どおり身代金を払えば、人道は商売にされかねない。ここは毅然とはねつけつつ、日本という国が全方位に善意で接していることを示し解放を求めることであろう。


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