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| ☆★☆★2009年07月03日付 |
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| 自民党総裁の最大の敵は野党でもなんでもなく、それは党内の「抵抗勢力」のようである。それを斬って捨てた小泉さんとはちがって麻生首相はそこまでドライにはなれないらしく、党役員人事一新の目論見もあえなく潰えた▼商売敵の「民主屋」に対抗するためには、在庫を一掃して「新装開店」するのが得策という読みが「自民屋」の旦那にはあった。番頭、手代、丁稚いずれのうちにも「ほう、それはいいことで」と賛同する者もあったが、陰で「あのバカ旦那、何を考えているのか」と舌打ちする者の方が多かったらしい▼苦労知らずの若旦那はこういう時決断がにぶってしまう。老舗を守るというのははたからみるほど楽ではないのだ。何かすれば「先代にもうしわけない」と番頭から釘をさされ、手代からは「それではノレンに傷がつきます」とさとされる。姑、小姑に囲まれた中で我を通すというのは気骨が折れるもの▼今回もへたった野菜をちょっと入れ替えただけで、相手の出方待ちとなった。こういう店内事情をつとに承知の民主屋は、ここを先途とポイント何倍セールやら割引セールやらを矢継ぎ早に打ち出し、鳴り物入りで攻撃を仕掛けてくる。このままでは下手をするとノレンを下ろすことになりかねない▼客の一人として若旦那を見ていると気の毒になってきた。時々旅籠内の飲み屋や裏通りの煙草屋でぽつねんとしている姿には言いしれぬ悲哀が漂っている。大店を守るというのは本当にしんどいことらしい。 |
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| ☆★☆★2009年07月02日付 |
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| 「玉子かけごはん」が人気らしい。人気もなにもご飯に玉子を落とすだけでなんの工夫が必要だろうかと思うのはしろうとの浅はかさ。それぞれの秘伝があり、これぞ究極というメニューがネットに氾濫している▼つまり玉子だけをかけるのではなく、それに何を付け合わせるか、どうやってかき混ぜるか等々の蘊蓄がほほ笑ましい。検索してみたらなんと一万五千件もの書き込みがあった。食堂のメニューにも登場、さらに玉子はどこの、米はどこのと、それぞれこだわりがあるのもいとおかし▼玉子が「物価の優等生」と呼ばれるのは、半世紀以上にわたって値段がほとんど変わらないことにある。小欄が小学生の頃、父親が肺結核で入院したその当時、玉子は一個十円ほどだった。結核には玉子やバターなどの滋養が必要とあって、それを摂取できる父親のかたわら、こちらは弟と二人じっと指をくわえていた▼中学生の時分ともなると玉子はかなり庶民に近寄ってきたが、家族が多いとそうもいかず、玉子焼きとは名ばかり、小麦粉で増量した玉子焼き風が大手を振っていた。そういう思い出があるからか、いまでも玉子焼きさえあれば何にも要らないというオヤジたちが多い▼それにしてもこれは不思議な食べ物だ。玉子焼き、オムレツはじめ玉子料理は飽きるということがない。先日は「すばて」がなく、やむなくオムレツをつくったが、一個では足りずまた一個焼いた。あの小学生時代の敵討ちをこれで果たした。 |
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| ☆★☆★2009年07月01日付 |
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| ビールもついにワンコイン(硬貨一枚)の時代に突入した。いうまでもなく不況を反映してのこと。ビールも発泡酒も伸び悩んでいるのに、後発である「第三のビール」だけが売れ行きを伸ばしているそこに、価格破壊の登場だ▼大手スーパー「イオン」が今月下旬から発売するプライベートブランド(PB、自主企画商品)がそれで、三五〇_g缶が百円ナリ。サントリーが製造、イオンが販売するが、PBがついにビールにまで及んだというところが象徴的▼味にうるさい向きには発泡酒も敬遠されていたものが、さらに安い第三の男いや、第三のビールが登場して市況はガラリと変わった。原料も製法も気にせずビール風味が味わえればそれでいい、という嗜好の変化はなんといってもその安さにある。酒税の安い米国で缶ビールが円換算で百円前後だから、日本も米国並みになったわけだ。もっとも第一と第三では中味の違いはあるが▼PBは急速に数を増やしている。メーカーが直に出す商品と同じ商品がPBだと安く買えるというのは、消費者にとって理解できないところがあるが、作る、売る、買うのそれぞれ三者の利害が一致すればそれでいいわけで、消費者には同じ品なら安い方がいい▼かくして「二重価格」が公認される時代になったのだから、長生きはしてみるもの。この調子だと客にはビールを出し、日頃はこっそり第三のビールという「二重生活」がこれからの時代の主流になるかも。 |
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| ☆★☆★2009年06月30日付 |
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| 「手の内を見せる」または「見られる」というのは愚策の最たるもので、駆け引きにしろ競技にしろ「はい、対策を立てて下さい」というに等しい。しかしこれみよがしに手の内をさらしているのが政治の世界のようだ▼麻生さんが早期解散を匂わせた自民党内部の「麻生おろし」がまさにそれで、「麻生さんでは総選挙を戦えない」という意見がベテラン、中堅のみならず若手の間からまで噴き出してきた。「殿ご乱心」と城内が騒然とし、もしそれが幕府に漏れたら取り潰しのいい口実になろう▼こういう時は城代家老を中心に重役たちが鳩首協議し、殿を言い含めてなにごともなかったように事態を封印するのを最上とする。お家断絶はすなわち明日から浪々の身となることを意味するから、これだけは絶対隠し通す以外にない▼いくらバカ殿でも、お家の大事は家臣の大事(飯食いダネ)でもあり、これはミコシをかつぐ方が知恵を出さなければならないだろう。ミコシを放り出しては元も子もないことは歴史が証明しているというより、社会の定理なのである。「食わねど高楊枝」も辞さぬというなら別だが▼しかし若侍が言い出すのは若気の至りとしても、幕閣までが公然と言い放つのだから、自民藩というのは大らかというか何というか。脱藩の気概もないくせに、それを諌言と思い違いする愚は、仇敵、民主藩から手の内を読まれ、やがて開城につながるようになるだろう。めぐさく(みっともなく)てやがて悲しきお家騒動ではある。 |
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| ☆★☆★2009年06月28日付 |
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| まずはお詫びと訂正から。昨日の小欄でドイツの遺跡から発見されたフルートの直径が八aとあるのは、八_の誤りでした。八aのフルートではフルートではなくバスーン(ファゴット)になってしまう▼うっかりミスは日常茶飯にやらかしているが、これは加齢現象としてだけではなく、生来の備わりものだ。せっかちであわてものなので、今回も気付かず翌朝になって「待てよ」と思い出したのだった。届いた新聞を見たらまさにそのままミスが通過していた。ああ▼以下は言い訳でも弁解でもない。再び起こり得ることであり、自戒を込めて再発防止のためにここに経緯を示したい。むろんうっかりがもたらした椿事だが、それだけでなく、コンピューター時代には避けられない問題がここには存する。「見えぬ敵」がデジタル時代には跳梁跋扈するのである▼パソコンでは「_」と書いた。それが校正では文字が別の記号に化けていた。そこで赤字で「_」と直すべきところ、「a」と書いてしまったところがうっかり者なるがゆえん。しかし単位の間違いは見逃しやすいもので、関所も通過してしまった▼パソコンに使われるデジタル文字は「コード」というもので規定される。しかしそのコードが各種あり、パソコンのソフト体系が異なると、文字化けすることがある。統一してくれればいいのだが、そうはいかない。特に記号がくせもので、@が鰍ネどに化けていた覚えはないだろうか。そこへうっかりが加わったら悲劇であり、その見本が昨日の小欄だったという次第。 |
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| ☆★☆★2009年06月27日付 |
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| いまから約三万五千年前の人間が何を考えていたかは想像をたくましくするしかないが、後期旧石器時代とくくられるこの時代に、われわれの祖先がフルートを吹いていたとは思いもよらなかった▼ドイツ南西部にあるホーレ・フェルス洞窟の遺跡から見つかったこのフルートは、ハゲワシの骨やマンモスの牙でつくられており、三本分あった。そのうち一本はほぼ完全な形をとどめており、写真で見るとまさにフルートの形をしている。長さが二十二a、直径が八_。フルートというよりはピッコロか▼表面には四か所の穴があいており、上部には歌口のような切り込みがある。それから推して、横笛ではなく、リコーダーのような縦笛ではなかろうかと思われる。どの記事も楽器としての検証はしておらず、実にそっけない。だが、一紙ぐらいは古代のロマンをかきたて、どんな音が出たかを専門家に語らせてよかった▼この洞窟には壁画があって、知能程度の高い住人が独自の文化を編み出していたようだから、絵画だけでなく音楽家もいたのだろう。アフリカから欧州に到着したばかりの現代人の祖先、クロマニョン人による初期の楽器らしいと解説にあるが、彼らのIQ(知能指数)は現代人より高かったのではないかと想像した▼クロマニョン人の学名「ホモ・サピエンス・サピエンス」のサピエンスとは「知恵のある」の意だが、現代人はとてもホモ・サピエンスとはいえなくなった。少なくとも三億五千万年を経て進化したというよりは退化したのではないか、と思える事件が少なくないからだ。 |
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| ☆★☆★2009年06月26日付 |
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| エネルギー源といえば、すぐ化石燃料と直結させるが、低炭素社会構築のためにも代替エネルギーの開発が急がれる。ところが意外や意外、身近なところに別な「救世主」がいた▼寡聞にして知らなかったが元時事通信解説委員で、大船渡市でも講演したことのある小関哲哉氏が大崎市で行った講演の要旨を読んで、こんなこともできるのかと大いに興味を持ったのが、生ゴミから水素を作るという話だった。その水素を使った燃料電池が次代を担う時が来る?▼生ゴミが腐敗すればメタンガスを出す。そのガスを使って燃料にする発想は古くからあるが、メタンガスの発生源であるメタン菌の中に水素を出す菌があることを発見したのが北里大学の田口文章教授。その菌がどこに住んでいるかというと、なんとシロアリの腸内。この菌がすぐれもので、水素を取り出すスピードが従来法の二十分の一とわかった▼同大学と北海道の会社がプラントでの実証実験に入っているが、生ゴミと菌だけで水素を作るのだからコストはかからず、これで燃料電池を作れば電気代はかなり格安につく。実用化がいやでも待たれるところだ▼嫌われ者の生ゴミとシロアリがとんだところで人間社会に貢献するわけで、以前なら水素を出す菌がいるという学術報告だけで済まされたものが、システムとして実用化を目指すことになったのも、時代の要請というものだろう。地球に生命をもたらしたのが微生物だけに、他にも有用菌はごまんといるはずだ。 |
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| ☆★☆★2009年06月25日付 |
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| 有料道路を英語では「トールロード」だからまさに「取る(料金を)道路」となり、これは覚えやすい。ついでにロードを逆さまにするとドーロとなりこれまた覚えやすい▼その高速道路料金が土・日、休日に限り、首都高速道を除く全国どこでも千円に統一されたから、その効果は絶大だった。千円といってもETC(エレクトロニック・トール・コレクション・システム)という装置をつけた車に限定される。料金所で通行券を取ったり、支払いをしないで済むので「ノンストップ自動料金支払い装置」と呼ばれるが、もはや日本語化してしまった▼景気浮揚政策の中でもっとも速効性のあったのがこの「千円均一」で、予想をはるかに上回る利用により、全国の観光地はウケに入った。食堂は賑わい、お土産は売れ、ガソリンスタンドはフル回転するなど、この経済効果は地方にとってもうれしい誤算だったろう▼なによりうれしい悲鳴だったのはETC装置のメーカー、販売店、カード会社だったはず。周囲でも何人かが装置を取り付け、カードを買って実際に恩恵を受けていた。若い人たちなど新幹線をやめて長距離ドライブを楽しんだようである。「経済は安きに流れる」という現実を見る思いである▼そもそも高速料金は高すぎる。道路建設費から算出した結果としてもそれは「取る」側の論理であり、取られる側の心理を理解していない。いっそのこと毎日千円均一にすれば超弩級の波及効果が期待できよう。ETCは英語でまたエトセトラ(その他、等々)の意だが、その政策的エトセトラが最も効き目があったというのは皮肉である。 |
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| ☆★☆★2009年06月24日付 |
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| 日本航空(日航=JAL)といえば人も羨む花形企業で、就職戦線では常に人気上位にあった。その日航が経営難に陥り国の支援によって再建を目指すというのだから世の中変わったものである。さて運良く上昇気流に乗ることができるか、パイロットならぬ経営陣の「操縦技術」が注目される▼政府出資の特殊法人としてスタート、いわば官営航空として華々しい一時代を築いた日航だが、昭和六十二年に完全民営化されて以来事業を積極的に拡大、その後日本エアシステム(JAS)を統合して、順風満帆いや満翼に見えたが、縁組みの相手が不採算路線を多くかかえていたものだから、これがお荷物になった▼それだけでなく、ライバルの全日本空輸(全日空=ANA)が企業原理で動いているのに対し、日航は出自が出自だけに親方日の丸的体質が残っていたことも否めない。なにせ高給取りなのにひんぱんにストを繰り返すなど、甘えが底にあるのだろう▼いずれ累積した赤字が「過積載」となり、このままでは離陸できないとして政府が救援出動、日本政策投資銀行などから一千億円を融資させ、それに政府保証をつけるという。これが焼け石に水となる可能性は否定できず、「一時しのぎの側面が強い」(日経)と冷ややかな見方もある▼尾翼に描かれた赤い鶴丸のマークは空の王者のシンボルだったが、完全民営化によって太陽の一部を切り取ったマークに代わった。よくよく目をこらすとこれは親方日の丸の一部だった―といわれないよう、改革のエンジンを全開させなければなるまい。 |
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| ☆★☆★2009年06月23日付 |
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| 業務上パソコンをペン代わりにしているが、手紙までパソコンで書こうとは思わない。やはり時にはペンを使いたくなるからである。ざら紙の升目原稿用紙に鉛筆で記事を書いていた時の名残でもあろう▼かつての大新聞社には「坊や」と呼ばれる見習いがいて、記者の鉛筆削りを引き受けていたという。ザラ紙に書きやすいよう4Bの鉛筆が使われているからすぐ減って丸くなる。そこを見はからって削りたてをハイと差し出す。ぜいたくな人の使い方をしていたものだが、それだけ内容もよかったのだろう▼小社のような貧乏会社にはそんな余裕などあろうはずがなく、むろん自分で削る。電動の鉛筆削りが登場したのはかなり後になってからで、それまではナイフで削っていた。いや鉛筆は面倒だというのでペンに置き換わっていたのかもしれない。ペン先が細くてはひっかかるので太いペン先が使われた▼やがて原稿用紙はコート紙に代わった。副業に商業印刷もやっているのでヤレが出る。その裏に升目を印刷して細いペンでもなめらかに書けるようにしたわけである。その原稿用紙もワープロの導入、パソコンヘの移行によって姿を消した。時代はこのようにペンで書くというアナログの作業を追放した▼だが、ペンを使って書くという行為にはほのぼのとした温かみがある。印刷した文字ではうかがい知れない書き手の個性が表れていて、その練達の線にほれぼれすることがある。自分の字が判読できず他人に聞くこともあった金釘流だが、無味乾燥な印刷文字よりは若干ましか。 |
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