陸前高田市高田町の五年祭が近づいてきた。気仙の式年大祭は四年に一度のサイクルが多いが、同町では正味五年ごとに行われる。
同町に鎮座する氷上神社と天照御祖神社の合同式年大祭。祭りはかつて各神社の縁起によって随時開催されてきたが、市制施行後は五年祭として統一され、今年は市制施行50周年と重なった。
祭りの圧巻は、風流といわれる武者人形などで飾り付けられた、高さが8メートルもある4台の山車。それぞれの山車には、源平合戦などをテーマにした風流人形や手づくりの花々が飾り付けられる。
中央には二層の天守閣がそびえ立ち、館づくりの技術も競い合う。この山車は「文化2年(1815)に神社関係者が上京した時、京都の華麗な山車に魅了され、帰省後にそれを模してつくった」。
はたまた「明治初期に高田の豪商が伊勢参宮の途中、京都に立ち寄り、その見事な山車に感銘してつくったものを店頭に飾ったのが始まり」と諸説も張り合う。
今から15年前、困った事態が発生した。五年祭と全国太鼓フェスティバルの開催日がぶつかった。どちらかの日程を移すしかない。
当時のウラ話が『いのちは鼓動から』(加藤大志朗著)に次のように記されている。
『その時、高田町五年祭の長老がこう述べた。五年祭は地元のお祭りだが、太鼓フェスティバルは全国の名がつくではないか。全国のお客さまを迎える祭りなのだから、こちらが日程を動かすのが筋というもの』。
こうして伝統の五年祭は、太鼓フェスティバルにその日程を譲ることになった。神さまの日まで動かすことになった全国太鼓フェスティバルにかける市民の情熱が垣間見えるエピソードの一つだ。